目賀田城

別名 目加田城 滋賀県愛知郡愛荘町目加田 目加田公民館
碑・案内板アリ 日本城郭大系


目賀田氏 天正4年(1576)織田信長が安土城を築く当りその当時の目賀田山(今の安土山)を要請されたのでその代りに貞政の所領である光明寺野(今の目賀田)に新たに目賀田城を構築したものです。

  城主・・・目賀田家42

  所領・・・愛知川・中宿・沓掛・佐生・七里等

  禄高・・・2万石  43代 目賀田摂津之守堅政

            44代  同 摂津之守堅政(次郎左エ門)
天正10年 本能寺の変起り、明智方にあった堅政は浪人の身となり、城は慶長2年(丁西)廃墟となりました。大字目賀田は昔から目賀田氏と春日神社光明寺等深い関係にあります。

       
城跡碑    縄張図

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